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一般社団法人 島田青年会議所

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​【童子沢親水公園アスレチック建設】

金谷の子どもたちが描いた想いを、汗をかいて自らの手で実現させたのは、島田青年会議所メンバーの想いでした。

島田青年会議所25周年の事業がきっかけ

 

島田青年会議所の25周年記念事業の一環で、金谷小学校・五和小学校の児童のみなさんに、将来の金谷町にあったらいいな、というものを絵に描いてもらったところ300近くの作品が集まったことがきっかけでした。当時のメンバーはディズニーランドが欲しいといったテーマパークのような作品が多いのかと勝手に想像していましたが、実際に集まった作品の中には、木登り公園といった自然の中で遊べる公園をイメージした絵が多かったそうです。

作品を集めるだけで終わったのではいけない、子どもたちの希望を叶えようと島田青年会議所のメンバーが立ち上がりました。金谷町内で募集したのだから、金谷町内でやろう、と実現ができそうな場所を探していると、童子沢に辿り着きました。当時の金谷町では国の事業として童子沢砂防環境整備事業が進められており、一部を親水公園として整備されることになっておりました。親水公園といっても、当時は川を整備して、法面を整え、広場があるだけの状態です。この親水公園が子供たちの想像した木登り公園になったらどれだけ素晴らしいことかと思い、金谷町の許可を得て、島田青年会議所が童子沢親水公園にアスレチックを作る計画がスタートしました。

仲間とともに、子どもたちの笑顔のために

 

アスレチックの制作は全てメンバー自身の手で行いました。しかし、メンバーは日中自分の仕事があるので、夜の空いている時間を利用して制作に取り組みました。当時木製だった電柱が丁度交換の時期で、その廃材を使えることになったり、工務店を経営しているメンバーがいたことで、材料や図面を用意することが出来たりと、物質的な問題は幸いすぐに解決しました。しかしメンバーのほとんどは素人です。夏の頃はほぼ毎晩、工務店のメンバーの事業所で作業を続けました。当時、メンバーは100人近く在籍しておりましたが、中にはなかなか活動に参加することができないメンバーもいましたが、この事業に触れ、一緒に汗を流すことで、活動に対する熱意や仲間意識が育まれてだんだん制作を手伝ってくれる人数も増えていきました。当時は携帯電話やインターネット・メール等現在のようなコミュニケーションツールのない時代だったので、連絡を取り合うことは大変でしたが、それでも自然に集まって、日々制作を進めることができました。現地へのアスレチックの設置は、週末を利用して行いました。一度に全部というわけにはいかなかったので、数週間に渡って徐々に組み立て、遂に3基のアスレチックが完成に至りました。

完成後は金谷町へ寄付をし、維持管理は金谷町で行っていくことになっていただきました。

現在の童子沢親水公園

 

金谷町は2005年に島田市と合併しました。童子沢親水公園は島田市の管理となりましたが、現在も週末はデイキャンプやBBQ、夏は川遊びに訪れる家族連れで賑わっています。当時造られたアスレチックは、設置当時から30年近くが経過しており、残念ながら現在はその姿はありません。しかし、童子沢親水公園がきれいに整備され、今の賑わいがあるのは、当時そこで子どもたちが描いた夢の実現のために、汗をかき続けた大人たちの姿があったことを、この童子沢を訪れることがあったら思い浮かべていただければ幸いです。

あとがき

 

この記事を作成するに当たりまして、お忙しい中当時の様子を取材させていただきましたこの事業の担当委員長を務められた暮林堅樹様、ご協力ありがとうございました。取材において童子沢親水公園アスレチック事業のみならず、宇宙飛行士の毛利衛氏を講師に招いた例会のお話も聞かせていただき、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。

 メンバーに役割をお願いすることで、当事者意識が芽生えていく過程のお話や、当時の想いを伝えることで人を動いてくれるという実体験を交えたお話は通信手段の発達で便利になった現在も大切なことで、その大切さを改めて感じました。今後も島田青年会議所は地域のために、すべきことを選択し、行動して参りますのでご期待ください。

 

記事 竹島 一